Archive for 1月, 2017

書き込みの紹介が簡潔去る

ネットで項目を見ていると、現在見ていたテレビ番組の内容がそのまんま項目のライティングとして取り上げられていたり、有名人のウェブログの寄稿お話が項目のライティングってし上がってくる。
最近はこれが順当になってきています。
昔は正しく取材して、直撃した結果によるライティングが多かったのに、今は現況の内容であっても、テレビやネットから拾っていらっしゃるだけという感じで、コラムニストとしての直撃という部分が抜けている印象です。
ライティングの増量が簡単過ぎて非常に違和感を覚えます。コラムニストさん正しく仕事しましょうよ!という思わず突っ込みを入れたくなります。
早朝、寒さで眼が覚めました。
最近甚だ朝晩が寒くなってきましたが、それを考えても寒すぎるなと思っていたら、窓が変わりっぱなしになってました。
ほんのちょっとのすきが空いている前後だったんですけどね、でも座敷が全然冷え冷えとしてました。
私の座敷って正午以降は凄まじく気温が上がるので、夕方になるとそのこもった意欲を追い出すために窓をわずか開けておくんですよ。
それを閉め忘れちゃったんですね。
夏場はとりわけ、今の時季にうっかり忘れてしまうと風邪ひきそうです。
心掛けなくちゃなあ。
降雨なんて降ってたら必ず吹き込んでたんじゃないでしょうか。
窓際にモデムやらルーターやらを置いてるので、それも気を付けないとなあ。

いつ頃からだろう・・

目が覚めて、外側を見ると、とっても望ましい気候でした。夏場の晴天に、雲ひとつ薄い快晴、こんな気候でした。
その気候を見てうんざりした心地になりました。
起きた拍子から暑かった上に、あんな気候だと、目下ワンデイ、どんだけ暑いんだろうと思ったからです。
も、あんな夏場の快晴の空を見てうんざりした気分になるのは、いつ頃からだろうか?とも思いました。
昔、夏場の快晴のお日様は嬉しかった気がします。快晴のお日様は、クラブに行ったり、川遊びをしたり、楽しいことがいっぱいあった気がします。
いつ頃から、こんな感じになちゃったんだろう、ってかなしい意志になりました。

耳かきはほどほどに

人の耳垢は、乾燥人物とべっとり人物があって、それは生まれつきのものでライフスタイルかわらないらしき。時折汗などで湿るときもあるけどわたくしは乾燥人物です。自分の耳扶養は滅多に通常目指す。ヒマがあれば耳かきでコソコソ掻いていらっしゃる。自分のお子さんはどっち人物だろう?という耳扶養をしていると乾燥人物って判明した。いまだに少なく慣れない時分は綿棒で耳たぶの差異、そして耳の盲点も前までしかできなかったが、とあるシーン少し奥まで扶養してるとごわごわという腕に当たるイメージが。細長い綿棒の前から指先を通って大きな反応を感じた。連れ出すという大きな耳垢!ポイント!但しやり過ぎは耳にも問題。それで毎月イチの耳扶養が私の味わいとなっている。
今月からボチボチと始めた大補修を、少し頑張って、もくろみの近辺を完成。
録画しておいたEテレ「し度の根底英語」は、一家が節目してから視聴します。
そうして1月に合格したFP2級のムービー。前年の遅ればせは、ずっと合格する結果だけの練習でブランクなんてぜんぜん無し。
何とか勉強した内訳を忘れてしまうのが悔しいので、改めて最初から見返していらっしゃる。
受験の時の切羽詰まった直感と違い、今は余裕でガイドをしげしげと掴むゆとりがあるのが嬉しいです。
仕事女房になって約1階層。これらが生活にリズムをつける結果、自身が考えたルーティンだ。
どれも無理なく自分なりに続けられるのが大事なポイントです。
そうして粗方事項が済んでから出掛ける愛犬との散策は、至福のタイミングだ。
こういう運を行うために、翌日も頑張ろうという気持ちになるのです。

ペットが亡くなる悲しみ

今どき、友人のペットが亡くなりました。
友人のペットは、日本では物珍しいミミズクだ。
半年前から食が細くなり、飛び立つのも難しくなっていたみたいなのでそばも心構えはしていたようですが、でもペットとの別れはかなしいですね。
私も以前お家で猫を飼っていたことがありますが、亡くなった時は心にぽっかり盲点が空いたみたいでした。
ペットは言明は通じないですけど、いよいよ丸ごと家事だったのだなと連中が亡くなってからうなずけるものですね。
そばも今日ばっかりはかなりショックを受けているみたいでしたので、なるたけ間を作って何かと話を聞いてあげたいと思います。

ご褒美を前提にするとダメな自分になるよ..

成人もよくすることですが、ご褒美を挙げることによって仕事をするように促す手を取ると思います。
この方法は、キッズに関して行うことはほとんど良くないと言われています。
行動は褒美であって、褒美が貰えるから頑張るでは、褒美がないと諦めるとか手抜きをしてしまうとかなってしまう。
ただし、成人がもはや自分へのご褒美にと言って、銘柄グッズであったり大きな配送を通してみたりするのも、エンジンをフカす為に行っている起動なのです。
厳しいことを考えても答えが見つかるわけでもないので、ご褒美を貰って頑張ることが出来るのであれば、ご褒美もありではないかと自分なりに解決してみました。
でも踏ん張れないかもしれないので、怖いものだ。

周囲をきに諦める

身は牛、豚、鶏をゼロ切口に終わる菜食スタンスヒューマンだ。(お魚は食べます)
それは誰に強制されたのでもなく、マイ素性のもとやることです。
その人生をし続けざっと10ご時世ほどになるのですが、あたいはチキン南蛮やロコモコ丼、からあげ、焼き鳥、豚って白菜のミルフィーユ、ウインナー、七面鳥が食べたくなっても食べないのです。食べたくはなるのに、「食べたい」と言うとどうしてもしばしばなってしまうのです。
そこから学んだことは「欲、やる気はどっさり口にだしてもいいんだな」ということです。
周囲を気にしない、は生きていくうえでまったく肝だ。

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